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水戸地方裁判所下妻支部 昭和60年(わ)361号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中覚せい剤使用の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六〇年九月二〇日ころ、茨城県下館市大字折本七五二番地の一所在の大衆酒場「道」店舗前路上において、木村道雄から覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する白色結晶性粉末約〇・〇四グラムを代金五〇〇〇円で譲り受けたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、一七条三項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。

(一部無罪の理由)

一  本件公訴事実中覚せい剤使用の点は、

「被告人は、よつちやんこと小林某と共謀の上、法定の除外事由がないのに、昭和六〇年一〇月二六日午後五時三〇分ころ、栃木県芳賀郡二宮町大字久下田五四三番地の被告人方において、右小林をして自己の左腕部に覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン約〇・〇四グラムを含有する水溶液約〇・二五ミリリツトルを注射させ、もつて、覚せい剤を使用したものである。」

というのである。

二  司法警察員作成の昭和六〇年一〇月二八日付捜査報告書、司法巡査作成の採尿状況報告書、被告人作成の任意提出書、司法巡査作成の領置調書、茨城県水海道警察署長作成の鑑定嘱託書の謄本及び警察技術吏員矢沢武徳作成の鑑定書によれば、昭和六〇年一〇月二八日午前一一時一五分ころ採取された被告人の尿を鑑定したところ、右尿中から覚せい剤フエニルメチルアミノプロパンが検出されたこと、右採尿時において、被告人の左腕部に真新しい注射痕が一か所存在したことが認められる。

三  この点について、被告人の検察官(昭和六〇年一一月六日付)及び司法警察員(同年一〇月二八日付、同月二九日付、同年一一月二日付、同月三日付)に対する各供述調書によれば、被告人は、起訴前においては、昭和六〇年一〇月二六日午後五時三〇分ころ、前記被告人方において、かねて顔見知りのパチンコ仲間である通称よつちやんこと小林某から、かつて被告人が右小林に売り渡したタイヤ代金の支払いに替えて、同人が所持していた覚せい剤粉末の中から、その一部を水溶液にして自己の左腕部に注射してもらつたものであり、被告人の尿中から覚せい剤の反応が出たとしたら、それは、そのときの注射使用によるものである旨右訴因に添う供述をしていた(以下、これを「起訴前の供述」という。)。

四  ところで、被告人の当公判廷における供述、被告人作成の上申書、被告人の検察官(昭和六〇年一一月二二日付、同年一二月四日付)及び司法警察員(同年一一月二一日付)に対する各供述調書によれば、被告人は、右起訴後の同年一一月二一日に至つて起訴前の供述を翻し、その後、一貫して次のような供述をしている。よつちやんこと小林某なる人物は実在するが、起訴前の供述は全くの虚偽であつて、訴因に示されているように右小林から覚せい剤水溶液を注射してもらつたような事実は存しないこと、被告人の尿から覚せい剤反応が出たのは、前記「罪となるべき事実」記載のとおり、木村道雄から譲り受けて所持していた覚せい剤を、右訴因とは異なり、同年一〇月二六日午後六時三〇分ころ、前記大衆酒場「道」(木村道雄経営)の北隣にある被告人経営のスナツク「珊瑚」店内において、自らこれを水溶液にしてその左腕部に注射使用したことによるものであること、被告人が起訴前の供述のように虚偽の供述をしたのは、もし事実を述べた場合、捜査官に覚せい剤の入手先を追及され、その結果、木村道雄から前記「罪となるべき事実」記載のとおり覚せい剤を譲り受けた事実をも自白せざるを得なくなり、同人がこれによつて逮捕されて、その罪責を問われることになるのを恐れたためであること、しかし、結局その供述を翻し、真実を述べることにしたのは、勿論、木村道雄とは約一五年位前からの付き合いであつて、一時はその交際が中断していたものの、同人が所属している博徒組織に被告人が世話になつていることもあり、また、同人と互いに店舗を接してそれぞれ飲食店を経営していることもあつて、昭和六〇年五月ころからは、再び同人と親しい交際をする間柄になつていたことから、同人が逮捕されることになれば、その妻や四人の子供が経済的にも苦しい生活を強いられることになると思うと不憫ではあつたが、無実の小林某を罪に陥れるよりはと考え、真実を述べる気持になつたことによるものであること、以上のような供述をしている(以下、これを「起訴後の供述」という。)。

五  起訴後の供述のうち、捜査官に対する供述は、その取調べ方法において疑問が全くない訳ではないが、被告人の当公判廷における供述に照らし、右捜査官に対する供述も一応は任意でなされたものであることが認められるところ、これを含めた起訴後の供述は、客観的にみても、起訴前の供述を前記のように翻すことによつて、結果的に被告人の覚せい剤使用の罪責そのものを免れしめることになる訳ではなく(その事実そのものは右訴因と公訴事実の同一性を欠くが、追起訴されることによつて、罪責は問われる。)、かつ、それが被告人と前記のような関係にある木村道雄にとつての不利益な事実を暴露するばかりか、同時に、同人から被告人がその使用にかかる覚せい剤を譲り受けたとする被告人自身にとつても不利益な事実を新たに付け加えるものであつて、被告人が右訴因に適合する事実を否定するために、右の不利益を忍んでまで、起訴後になつて、殊さら虚偽の供述をするに至つたものとは到底認められない。その他、起訴後の供述は、その内容においても不自然な点は認められず、十分信用し得る。

してみれば、右に反する起訴前の供述は、起訴後の供述に照らして措信することができず、他に訴因記載の日時場所において、同記載のとおりの態様で、被告人が覚せい剤を使用したと認めるに足りる証拠はない。

六  以上によれば、本件公訴事実中、前記訴因については犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

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